遠い日の思い出 「きのこ狩り編」

たしか20代の後半だったと思う。
5つほど年上の彼女がいて、彼女の母親とも結構仲良くしていたので、母親同伴のデートを何度かしたことがある。
といっても、車で益子に陶器の買い出しに行ったり、秋になるときのこ狩りに行ったりと、華やいだデートじゃないけどね。

さすがに、5つも歳上だと、日頃からお姉さんお姉さんしてるし、「大人の女性」みたいな雰囲気もあって、逢うといつも僕は舞い上がっていたような気がする。
もっとも、お酒が入ると、少しだけ甘えてくるので、それはとても愛おしく思えた。

で、そのきのこ狩りの話。

彼女の母親の友達が、草津できのこがいっぱい採れるから、きのこ狩りへみんなで行こうってことになって、僕の車と、その知り合いの車2台、総勢6人で草津の山へ出かけた。
もちろん僕らはデートも兼ねてるので、彼女とは僕の車で2人きり。
途中、アウトドアで作る予定の、きのこ鍋に入れるうどんやら肉やらを仕入れ、後はひたすら草津の山を目指す。
秋晴れですごく気持ちが良い。

僕は田舎育ちで、ガキの頃から山歩きは散歩みたいなもんだし、きのこだってよく採りに行ってた。
そんな訳で、勝手知ったる山歩き、僕は彼女と2人、他はそれぞれバラバラになって山に入り、キノコを採取し、後で集まることになった。

まぁ2人きりになると、あらぬことを考えるのが男の常で、なるべく人の居ないところに、不自然にならないように気をつけながら、奥深い山の中へと誘うのだ。
そんな不埒な考えをよそに

「ねぇ おトイレ行きたくなっちゃった!」

「えっ!」
「トイレったって、一番近い民家にだって車で1時間位かかるよ」
「えっと 大きいほお?」

凄い顔でにらまれる

「おしっこの方よ バカっ!」

「じゃ その辺でしちゃえば?」
「俺、なるべく見ないようにするからさ」

おもいっくそ頭ぶたれる

「っ痛ぇーなぁ もー!」

「見たら殺すよ!」

ってことで、「絶対来ないでね!」などとわめきながら、山の中へ消えていった。

不埒なことを考えながら山に分け入ってたし、そんな騒ぎもあって、気が付いたらすっかり方向を失っていた。

「あれ? どっちに行けば帰れるんだっけ?」

などと言うと、また殴られそうなので、いかにも知った風をよそおいながら、とりあえず尾根を下っていくことにした。
が、しかし、だんだん下草もものすごいことになってくる。
歩き回ること数十分。

「ねぇ 迷子になってるんじゃないの?」

ぎくっ!

「まぁ 有り体に言うと、一般的にはそうともいう」

またも、おもいっくそ頭ぶたれる
大人の女は容赦が無いのだ。

「う”っ!」
「今のですっかり方向が分からなくなった」
「こうなったら、ここで抱き合って、助けを待つしかないな」
「・・・」
「って、人が話してるのに、勝手に歩いて行くなよ!」

「あんたと話してたら、バカがうつる!」

そんなこんなもあったけど、なんとか元の道に戻れて、シメジやら、なんとなく食えそうなキノコやらを採って集合場所へ戻ることにした。

んで、みんなが採ってきたきのこを見ると、かなりバリエーションに富んでいる。
んー 食える種類のきのこって、こんなに沢山あったっけかなぁ…?
僕たちが採ってきたのなんて、かなり控えめな柄で、他をみると、黄色いのやら、赤いのやら、マダラのやら、白いのやらで、ものすごいことになってる。

と、
彼女の母親の友人が、おもむろに取り出したる「きのこ図鑑」。

え”っ!
知って採ってきたんじゃないのかよ?

山から下りてきた地元の人に、

「それは食わない方が良いんじゃないの?」

などという言葉にも一切耳を貸さず、ひたすら「きのこ図鑑」と見比べながら仕分ける。
図鑑見ながらったって、かなりアバウトで、

「これって、このホゲホゲ茸に似てるわよねぇ?」
「ちょっと斑点が赤い気がするけど」
「一応食用可って書いてあるから大丈夫よね」

などと、なんとも頼りない。
さすがにマダラの奴の大半は除外されたけど、まだかなり奇抜な色の変てこなのが残ってる。

マジこれ食うの?

なんて思う僕の心配などよそに、火を熾して鍋をかけ、仕分け終わってもかなり怪しいきのこをどっさりと鍋に放り込む。
僕が知ってるのはシメジくらいで、あとは見たことも、もちろん食ったこともない。
それに、何故かカレー粉を入れたように、スープが真っ黄色になってる。

「これって、なんでこんなに黄色いんですかねぇ?」

と聞いてみるが

「カレー茸が入ってるからじゃないの!」

「カレー茸ってのがあるんですか?」

「この図鑑には載ってなかったけど、インドの図鑑にはあるんじゃない?」

なるほど…。
言い得て妙だ。

俺は絶対に食わないぞと心に誓って、彼女にも「絶対きのこは食うなよ!」と小声で念を押しておいた。
ある意味、闇鍋よりはるかに怖い。

けっきょく、空腹には勝てずに食っちまったんだけどさ(笑)