その芳しき香りの食欲をそそる…

僕はガキの頃、瀬戸内海の海に浮かぶ小さな島に住んでいた。
当時は、日に数便しか無かったフェリーで本島と行き来していたのだけど、今では大きな橋も架かり、もう島はその頃の面影をあまり残してはいない。
1時間も車に乗れば1周出来るほどの島で、山ではミカンも採れるし、川でも海でも、いろいろな物が捕れ、自然の豊かないい島だった。
お金が無くても、がんばれば色々美味しいものが食べられるのだ。
親父がアウトドアな人間だったので、そういった半自給自足のような生活は、いまではなかなかやろうと思っても出来ない贅沢だ。

そんな島にも、年に1度だけお祭りがあり、本島からテキ屋の人たちがやってきて、メインの通りに出店が出てたいそう賑やかになる。
これは古今東西それほど変わりがない。
子供だましのおもちゃやら、綿飴やら、イカ焼き、大判焼き、ウサギ売りなんかが、通りを所狭しと並ぶ。
当時4才位の僕は、この縁日が大好きで、十円玉を何枚か握りしめてウキウキと出かけていた。
100円もあれば、食いきれないほどの食い物が買えた時代だ。
そんな中、ふと目に付いたのが、つぶらな瞳をしたヒヨコ。
親父は、どうせすぐ死んでしまうのだから、そんなのはダメだと言ったのだけど、一度言い出したら聞かないのは、今も昔も変わらない。
結局その日の小遣いの大半をはたいて、ヒヨコを買って帰った。

ヒヨコといえば、ピーちゃん。
まあ、4才のガキが考える名前だから、その程度のボキャブラリーだ。
このピーちゃん、数日で死んでしまうだろうと言った親父の予想に反して、3日、1週間と、なかなか元気に生きている。
そうなると家で箱の中に飼ってるわけにもいかず、外に小屋を作って飼うことになった。
それからは、毎朝近くの土手で採ってきた柔らかい草や、前の日のおやつの残りのパン屑なんかを餌としてあげるのが僕の日課になった。
数週間もすると、もう立派な若鶏だ。
縁日で売っているヒヨコは雄なので、残念ながら卵は産まないけどね。


ある日の夕方、いつものように外で遊んで家に戻ってみると、お袋がいつものように夕飯の支度をしている。
いつもと違うのは、いままでに嗅いだことのない、芳(かぐわ)しい良い匂いが漂っている。
もう、嗅いだだけでヨダレがでそうな匂いだ。
お袋に

「これなんて言うたべものなの?」

って、聞いてみた。

「ん? あっ この揚げ物のこと?」
「これはね、ワカドリノカラアゲって言うのよ」

「ふーん 美味しそうな匂いだね」

と、そんな無邪気な会話の後、生まれて初めて食べる「ワカドリノカラアゲ」なる物を食べた。
こんな美味しい物が世の中にはあるんだと思った。


翌朝、小屋にピーちゃんの姿は無かった・・・。
ピーちゃんよ、永久に・・・。


これは、実話です(笑)
鶏肉に関しては、東京に出てきてはじめて「ケンタッキーフライドチキン」なる物を食べたときも、世の中にこんなに美味しい物があるんだって思ったけどさ。