ロストメール [fict.]

「もしもし どうした? チカ」
「あのね ・・のこと大好きなんだけど もう・・  なの」
「ん? 何言ってっか わかんないよ」
「ずっと かんが・・  ね もう一緒に居な・・が良い・・」
「チカ!? どっから掛けてる?」
「ずっと 好・・ 」
「なんだよ?」

<ツー! ツー! ツー! ・・・>

 ・
 ・

チカと連絡が取れなくなって、あれからもう3ヶ月
季節は冬から夏に移り変わり、まわりの草木も彩りを濃くしてきた
僕の一番好きな季節なんだけど、まだ夏が来た気はしない
夏が来るには、もう1ピース そう一番大切なピースが足りない

チカの家は、僕のマンションがある駅からわずか数駅ほどの場所にある
その駅で下りて、通い慣れた通りを歩けば彼女のマンションに着く
でも、そこにはたどり着けない
文字通りたどり着けないのだ
そこだけ結界が張られているように僕を寄せ付けない
駅に下りることすら出来ない
下りようとしたことは有る、というか何度も下りようとしたのだけど、気がつくと次の駅で下りている
どうしても、僕はその駅にたどり着くことができない

一生が80年とするなら、すでに人生の10分の1の時間をチカとシェアしている
一緒に居ても空気のようで、すごく大切だけど存在が重くならない不思議な関係
もともとは1つの個体だったのかと思うことがよくある
たまたま何かの都合で2つに別れた みたいな
そんなだから、連絡が取れなくても、相手の存在を強く感じてしまう
この広い街のどこかで、いつもと変わらず彼女は暮らしている きっと
ただ、僕と同じ世界には属していない たぶん
もの凄く似ていて、もの凄く近い世界なんだけど、僕はその接点を見失った

携帯電話の呼び出し音は聞こえる
細い繋がりだけど、唯一物理的(?)な実態をもった接点を利用し、僕はメールを送る

『チカおはよ』
『こんなに空の青い夏の日は、チカを強く求めて心が止まらない』
『元気にしている?』

わずか1パケットのショートメール
このメールと一緒に僕も送ってくれるといいと思う
128バイトに分断されて送られるDNA

今日も朝の電車でメールを書く


「おい!」
「こら! 呼んだら返事をせんか!」
「そう、そこでメールを打ってるお前じゃ」

「うわぁ! じいさん どっから出てきた」

「人をゴキブリみたいに言うな!」
「それより人が呼んだらちゃんと返事をせい!」

なんだかなぁ・・ やけに慣れ慣れしいなぁ
しかも、やたらと目立つし、なんで全身赤? ボーダフォンの回し者?

「そのメール送っちゃいかん」
「お前のためにならんぞ」

「ったく、藪から棒に」
「じいさんには関係ないでしょ」
「だいたい じいさん 何もん?」

「わしか?」
「わしは、棒田富音と申すものじゃ」

うわぁ~ へんなのに捉まっちゃったなぁ
無視しよ

「こらっ 人と話をするときは目を見て話さんか バカもん」
「ぐだぐだ言っても、どうせ信用せんだろうから、手っ取り早く教えてやろう」
「そのメールはダメじゃ 本来送ってはイカンところに送られておる」
「そのようなメールを監視するのが、わしの仕事でな」
「ここんとこ時空間のズレをすり抜けるメールが多くて、わしもおちおち寝てもおれん」
「そこへメールを送り続けると、お前さん、だんだん自分が失われてしまうぞ」
「最近、自分の影が薄くなったのに気がつかんか?」

「そんなこといったって じいさん 彼女に連絡するのはメールしかないし」

「お前の彼女って、チカちゃんか?」

「えっ? じいさん チカのこと知ってるの?」

「こら、目上の人と話すときは敬語を使え 敬語を」
「それに、それが人に物を尋ねる態度か」

「あっ すみません」
「もしかして、おじいさまは、チカのことをご存じなので御座いましょうか?」

「あぁ 知っておるよ」
「でも、お前には教えてやらない」

「なんでだ・・」
「あっ まちがいです」
「どうして教えて頂けないので御座いますか?」

「知らないから」

「って、知ってるって言ったじゃん!」

「それは、お前のメールを見たからな」
「あんだけ送れば、名前も覚えるよ」

なんだ、ただの変態ハッカーか、このじいさん

「とにかく、そのメールは送っちゃいかん」
「お前さんのために言っておる」
「年寄りの話は無条件に聞き入れるもんじゃ」

なんかめちゃくちゃ言うなぁ
あれ? じいさん何処行った?

なんだかなぁ 朝から変なのに捉まっちゃったな
それにしても、あの格好で他の人は全然気がつかないんだろうか
不思議なじいさんだ
ボーダフォンの回し者のくせに、なんでメールしちゃいけないなんて言うんだろ?
まぁいいや 送信っと ピッ!

<・・・・~>

あれ、なんか変 すこし身体が軽くなったような
気のせいかなぁ

 ・
 ・

僕は毎朝メールを送り続ける
とても短かい、なにかの結晶のようなメール
まるで、自分の中にある何かを一緒に送り届けるように
今日もこうして公園のベンチに座ってメールを送る

〔送信が全て完了しました〕

 ・
 ・

「あれ、ねぇねぇ あそこのベンチに落ちてるの携帯じゃない?」
「ほんとだ、誰か置き忘れていったのかなぁ」

「うわぁっ!」
「どうしたの??」
「いや、いま携帯の液晶画面に誰か映ってこっち見てた」
「バカ! そんなわけないでしょ(笑)」
「祐介、寝ぼけてんじゃないの」
「そっかなぁ なんか絶対映ってたと思うけどなぁ」

<ユーガッタメール♪>

「あれ? メール届いたよ」
「見ちゃおうか?」
「やめとけよ 趣味悪いよそんなの」
「いいじゃん 持ち主わかるかもしれないじゃん」


『元気にしているよ!』
『連絡できなくてゴメン』
『明日逢えない?』



これで、2作目のフィクションです。
なかなか難しい・・・

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