[社食シリーズ其の1話] 鰻のふりかけ

その男は静かに席についた。
たしか、ショーケースのなかのサンプルは、1ぴき丸々とまではいかないまでも、十分にして美味げな量のうなぎが、お重にのっていたはずだ。てんこ盛りだ。
そう、きょう男はウナギが非常に食いたかった。
その欲求は、いや 切望といってもいいだろう
長く砂漠を放浪してきた旅人が、こんこんと涌きいでる泉に顔を浸し、おのれの腹が裂けるほどの水を嚥下したいような・・
比喩がながくなってしまった。
とにかく男は待った。静かな中にも期待の炎を胸の内にくゆらせながら。待った。

女「おまたせしましたぁ~」
  「うな重に青菜のおひたしでぇ~す」
男「・・・」
ちがう! なにかが違う
握りしめた拳がわなわなと震える これは何かの間違いだ
男が欲しかったのは、ごはんの上にもうしわけ程度うなぎの切れっ端がかけてある「うなふりかけ重」ではない
うな重だ
こんなものがうな重なら、吉野家の牛丼は「豪華絢爛松阪牛油肉甘砂糖醤油丼」といってもいいくらいだ。
おまけに、うな重といったら「きも吸」とまでいかなくとも、せめて「お吸い物」だろ。I○Mスエ○ロ邸。
それが、なんだこれは みそしるじゃねぇ~か
男は
いや、男などという一人称はやめだ
そう、俺は激怒した

「シェフを呼んでくれ」

と 心の中で叫んだ・・・
そして、俺はおもむろに箸をとり、黙々と「うなふりかけ重」を咀嚼した。もちろん みそ汁の最後の1滴までも。
そして1人寂しく席をはなれた。

女「ありがとうございましたぁ~」

勝ち誇ったような女の声が背後から響く・・・
その後ろ姿はこの上なく切なかったはずだ。悲しい選択をし、人生という名の逆境に敗北してしまった負け犬のように。
静かにコートの襟を立て、そして静かに消えていった・・・

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