[社食シリーズ其の3話] 貧乏金無し

財政状況は最悪だった。
それは、男の精神崩壊をも招きかねない位窮地に陥っていた。
いや、窮地などという生やさしいものではない、男のサイフに紙幣は1枚も残ってはいなかった。
サイフの中身は、数枚のコインとコーヒーショップの割引券と、残高581円のキャッシュカードだけだった。
何故世の中に581円をおろせるキャッシュディスペンサーがないのだ。
こんなことを誰にともなく呟いた。
独り言の好きな男である。
まあいい。
時は非情にもその時刻を告げた。
12時 そう、昼飯時だ。
手元にある現金は、総額666円だ。これで昼飯を食わなくてはならない。
なんとも不吉な数字である。
もはやいつもの場所で大宇宙を浮遊することすらかなわない。(2話参照)
I○M○エ○ロ邸。そっと口に出してつぶやいてみる。
あまりの切なさに涙が滲んでくる。
望郷の念といってもいい。
ないものをいくら悔やんでも仕方がない。
現状で満足できる方法を見つけだし、それに価値を見出すのが男というものだ。

男は、安い社食のスタンドショップへ行った。
「スパゲッチィー」と「カレーライス」で500円、コーヒーを110円で買って、残りは56円だ。
56円だと?
いまどき、幼稚園の園児だってこれ以上の金は常時もってるぞ。
なんせ小学生が携帯電話でメールする時代だ。
あなたの全財産はいくらですかと聞かれて「はい、56円です」などという40に近いおっさんが何処にいる。
ここにいるが。

男:「すみません スパゲッチィーとカレーライスとコーヒーLサイズください」

ややうつむき加減である。
よもや、店員に「全財産が666円しかない」と悟れれはしまいかと・・・
そのとき男の左目の端になにかが映った。
それを見てはいけなかったのだが。

☆新製品☆ チョコレート苺クリームパン 限定品

男:うそぉ~! (心の中で)

チョコレートでまんべんなくコーティングしてあり、なかに生クリーム、そしてその中にはきっと苺がてんこ盛りで・・・
見てないけどきっとそうだ。
食いたい。無性に食いたい。
もういてもたってもいられない位に食いてぇ~
袋を開けて、口いっぱいにほおばるイメージを想像しただけで、失禁してしまいそうなくらいだ。
でも、昼飯代を払うと、残金は56円しかない。
「☆新製品☆ チョコレート苺クリームパン 限定品」は160円もする。

女:「おまたせしました。スパゲッチィー と カレーライスとコーヒーLです。」

もはや、オーダーの取り消しの道も絶たれた。
もっと早くに気づいていれば・・・
チョコレート苺クリームパン3つとコーヒーにしていれば・・・
そしたら残金だって76円だったのに。
56円とたして違わない。

そこで男は考えた、チョコレート苺クリームパンを食うにはどうしたら良いか。


  1. 誰かが買うのをまって、56円分わけてもらう。
  2. 誰かがスパゲッチィーかカレーライスをオーダーするのを待って格安(160円)で売ってあげる。
  3. スパゲッチィーとカレーライスとコーヒーを頼んだのは、俺じゃないと言い張る。
  4. どこぞのコーヒーショップの割引券(200円分はある)で売ってくれないかと頼み込む。
  5. 誰も見ていない隙に持っていく。


5は論外だ。
金は持ってないが、犯罪者にはなりたくない。
4は言ってみる価値はあると思うが、多分却下される。
3も心が動くが、痴呆症だと思われるのも嫌だ。たしかに最近物忘れは多いが、呆けるには早すぎる。
残った策は、1か2だ。

しばらく待ってみたが誰も来ない。
そこで男は、はたと考えてみた。
まてよ、誰か来たとして、そして運良く目的の物を誰かが買ったとしてだ。1ないし2を実行する勇気が俺にあるだろうか?
否だ。
金は持ってないが、誇りはある。 と思う。

そうして、男は後ろ髪を引かれながらも、スパゲッチィーとカレーライスとコーヒーLを持って去っていった。
愛おしい人に、最後のキスすらできず、ましてやさよならの一言も言わないまま永遠に離れていってしまう映画のヒーローのように・・・
いつか必ず いつか必ずと ささやきながら。

あまり長くたたずんでいたので、スパゲッチィーはロウのように、カレーライスはカレー雑炊になっていたと聞く。
哀れな話である。


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