懐かしい友人達 油谷君の巻き

  • 投稿:
  • 更新:2014年6月10日
  • by
  • in

えっと、話の伏線として、以前の駄文を再掲載です
その1

---
僕の田舎は、山口県のそれはそれは山の奥の秋芳町って町にある。
っていっても知っている人は少ないと思うが、秋吉台、秋芳洞がある所って行ったら知っている人も何人かいるんじゃないかな。
少年の頃の話しだけど、僕と僕の友人である油谷君は川釣りにでかけることになった。
僕の少年時代には、まだまだ川も綺麗で、暇さえあれば川で遊んでいた。
もっとも当時から堪え性の無い僕は、魚釣りといっても、釣りに専念するのはものの10分くらいで、ちんたら釣り糸を垂れて釣りをするより、川に潜って捕ってくる方が、よほど沢山魚が捕れたので、あまり技巧を凝らした釣りというのはしたことが無かった。
だいたい石を投げて魚を捕っていたくらいである。メチャメチャ原始的だけけど、それで魚が捕れていたんだからすごい。
そんなある日、油谷君が
「のぉ あしたぁ コイを釣りに行こぉ 瀬戸原(せとばら)のダムの向こうがわぇ下りる所があるけぇ そけぇ連れて行っちゃる ぶちでけぇコイがつれるけぇ」
「リールつけた竿と餌はわしが持っていくけぇ」

フナやハヤならいくらでも釣れるし潜って捕ったこともあるけど、コイを釣ったことはなかった。
そもそもリールのついた竿での釣りが初めての僕は、2つ返事で
「ほぉかぁ そねぇにぶちできゃコイが釣れるそきゃぁ?」
「ほいたら行こう」
と返事をし、次の日の日曜日の朝早くに瀬戸原のダムへ行くことにした。

ダムといっても、近隣の田ぼへ水を引くための用水路へ水を流すために川をせき止めたもので、せいぜい水深は2mくらしかなく、夏になるとそこで泳いだりもした。
川幅は結構広くて50m位はあったと思う。せき止めたダムの上も下も、僕たちの格好の遊び場になっていた。
そのダムの200mばっかり上流で、僕と油谷君は釣りを始めた。

「コイはのぉ メリケン粉とさなぎ虫の粉を、こねぇしてこねて団子にしたもんで釣るそいや」
「まぁ 見ちょってみい」

といって、小さな梅干し位の団子を釣り針につけて、糸を少しだけ竿の先に垂らし、僕が初めてみるリールのついた竿を後ろに振りかぶって、ビュン!とスイングした。
餌の団子は、油谷君の足もと数十センチ先に「ベチャ」っと。

「そねぇなとこには コイはおらんでぇ」と僕。
「いけん 今のは失敗じゃけぇ」と油谷君。

それで、もう一度団子を釣り針につけスイング。 ビュン!
今度は遙か遠くで「ぼっちゃん」と音はしたが、釣り糸と釣り針は最初に垂らした位置で、空しく風になびいている。
この時、僕は既に死にそうなくらい笑いを堪えていたんだけど、なんせ油谷君は学級委員長でもあるし、僕なんかより勉強も運動もよく出来る。こんなところで笑っては失礼である。
将棋だって、歩4っつと王将だけで僕に勝つ位強い。もっとも僕は今も昔も歩をどっちに動かせるか知らないが。

「撒き餌もせんと、コイも寄ってこんけぇのぉ ちぃたぁ餌も撒いちゃらんといけん」と僕。
「わしも そねぇ思うちょったからちょーどえぇ」と油谷君。

気をとりなおして、再度団子を釣り針につけスイング。 ビュン!
またも遠くで「ぼっちゃん」、そして針と糸は、相変わらず同じ位置でユラユラと風になびく。

「そねぇにようけ撒き餌すると 釣る分の餌がなくなるでぇ」と僕。

後で気がついたんだけど、リールはリリース状態にしないと、糸が送られない構造になっていたらしい。
4度目か5度目の「ぼっちゃん」を聞いたとき、涙が浮かぶくらい笑いを堪えていたんだけど、こと友人を思う気持ちが人一倍強い僕は、必至に深呼吸なんかして我慢をしていた。
もう息も絶え絶えである。

それでやっと、リリースをしないと糸が送られないことに気がついた油谷君は
「よし こんだぁ見ちょってみぃ」
「ぶちできゃーコイを釣っちゃる」

そしてスイング。 ビュン!
今度は意に反して餌のついた針は、後方2mくらいの草むらに飛んでいった。
もう漫画の世界である。

「そけぇもコイはおらんと思うでぇ」と涙目の僕。

周囲に散々団子餌をまき散らす油谷君。
こうなると僕も悠長に笑いを我慢している場合じゃない。団子が自分の方へ飛んでこないように、スイングの度に真剣に逃げなくてはならない。
それで何度目かに、やっと団子にちゃんと糸がついた状態で、前方へヒューっと飛んでいった。

「おぉ すげぇのぉ」と僕。
得意満面の油谷君。

がしかし、このリール、どうやら糸のリリースが終わったら、自分で回転を停止しなければならない構造になっていたようである。
得意顔の油谷君、既に餌が着水して糸が送られなくなったにも関わらず、リールはカラカラと回転を続ける。
当然、送られない糸にリールが回転するもんだから、送られない糸がリールの所で壊滅的な状態にこんがらがっていく。
それを呆然とした顔で見る油谷君。
ここで僕の我慢も限界に達した。もう泣きながら笑い転げてしまった。
油谷君はといえば、真っ赤な顔で仁王のように竿を握りしめ
「今日は 止めじゃぁ」と。
そして、僕と油谷君のコイ釣りは、その日1度も釣りをすることなく終わってしまった。
それより後、彼と釣りをした記憶はない。

ふとそんなことを思い出して、最近心の底から笑ったことがないなぁとつくづく思う。
油谷君いまごろ何処で何をしているんだろうか。


※方言で一部理解しづらい部分を説明
「そけぇ連れて行っちゃる」→「そこに連れていってあげる」
「ぶちでけぇコイ」→「すごく大きなコイ」
「そねぇなとこには」→「そんな所には」
「コイはおらんでぇ」→「コイはいないよ」
「そねぇ思うちょった」→「そう思っていた」
ちなみに、「ぶち」より大きい表現に使う修飾として「ばり」と言うのもある。
例:「ばりでけぇコイ」
ついでに言うと、これは若者の方言で、としよりは
例:「おもいでにおおけなコイ」
となる。
これら方言は、文章で発音を伝えられないのが残念だが、もし近くにネイティブ山口(多分広島でも可)がいれば、是非聞いてみてほしい。